Dior(ディオール)の歴史
・創設者 クリスチャン・ディオール
1946年、フランスの実業家であるマルセル・ブサックがクリスチャンディオールに投資をし、自身の名を冠したブランドを創業しました。
Diorはウェアからバッグ、アクセサリー、ジュエリー、コスメ、ディオールにとってファッションに最も欠かせないのがフレグランスまでトータルで展開しています。
1947年、パリにてオートクチュールのコレクションでデビューした際に、世界的なセンセーションを巻き起こしました。それが「ニュールック」です。
肩に細く絞ったウエスト、長いフレアースカートによって、数字の“8”のようなシルエット「ニュールック」を打ち出し、トレンドを作りました。「ニュールック」は発表当時、エレガントな女らしさを強調した平和のシンボルだとも評され、第二次世界大戦後の女性達の心を大きく動かしました。
従来のコレクションに反して、シーズン毎に全く違ったスタイルを次々に創り出し常識を覆したディオールは、あっという間に時の人となりました。
翌年には、ふんわりとした「チューリップライン」、そして、コルセットで括れたウエストを解放したラインに変えました。
発表毎にガラリと変化するスタイルで驚きと楽しさを与えたのです。
それでも、設立当初からのテーマである"エレガンスさ"は変わらず、女性らしいそのスタイルに多くの人が讃えました。
1947年、幼少期から花に囲まれて育ったディオールは、フレグランス「ミス・ディオール」を発表。
これは彼の妹を讃え、名付けられました。
また、ボトルにもこだわり、"素晴らしい香りにはそれに見合う素晴らしいボトルを"という考えから、ボトルだけのために研究所を設置するほどでした。1948年に「パルファン・クリスチャン・ディオール」を設立し、次々にヒット商品を生みました。
しかし、順調に人気を集めていた矢先、創設からわずか12年でディオールは亡き人になるのです。
ディオールには、亡くなる以前から後継者として見込んでいた弟子がいました。
それが今では誰もが知るイヴ・サンローランだったのです。
サンローランの才能は当時からずば抜けており、ディオールが経営学も教え込んでいた甲斐もあり、ディオール死後の経営も順調に進むことが出来たのです。
サンローランの次に就任したのは、マルク・ボアンです。
彼は以前よりデザイナーとして様々な実績があり、プレタポルテラインを始め、「ベビー・ディオール」「ディオール・ムッシュー」を発表し、約30年間ディオールを支えました。
1970年、メンズを展開。
メンズラインは、2000年、エディ・スリマンが「DIOR HOMME(ディオールオム)を立ち上げ2019春夏コレクションより、メンズライン「DIOR HOMME(ディオールオム)」が、ブランド名を改め、ウィメンズラインとともに「DIOR(ディオール)」として生まれ変わることになりました。
現在のデザイナーが、マリア・グラツィア・キウリ。初の女性デザイナーとして注目を集めています。
名高い実績を持つ彼女は、フェミニンでエレガントなディオールのスタイルに、現代の女性らしい強さも表現し、賞賛されています。
今期もトレンド感溢れる作品を発表しております。
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